語るでエルスと彼の唄

※こちらは2014〜2017年に運営していた過去のブログ『メロディ・クロックの悪魔の方のブログ』から移植した内容となります。

前の手帳を見返すとやっぱりありきたりなこと思いますね。

1年って短いけど、中身が濃いとクソ長いよね。

ついこの間だったような気もするけど、確実にいま俺の要素全てが1年前より段違いに成長している。

自分の「頭と心と身体」をフルに使って必死に過ごした1年は、

なんとなく流れで過ぎ去る10年以上の価値があります。
断言します。

だから子供の頃って1年が長いのさ。
俺は再び今、その感覚を経験してる。

常に新しいことを吸収して、常に自分も周りも変化してる。

ちゃんと生きるってこういうことかも知れない。

頭も心も身体もフルに使おうとしないくせにアホづら下げぶちかまして「あー死にたい消えたい」とか言ってるクソバカはもちろん大嫌い。自分の周りの人にすら近づけさせたくない。

そう言ってる自分に酔うことでしか自分の存在を確認できないのだと思う。残念な脳みそだ。

だけど、同じような状態で常に「生きるのが楽しい」って言ってる奴も大嫌い。

ちゃんと全力で生きてる人って「生きるのが楽しい」なんて常に言わないんじゃないかな?

たぶんそういう人は失敗と成功、ストレスと快感、不運と幸運があざなえる縄の様に繰り返されてるから。

そういう方々に失礼だから、頭カラッポで「常に幸せ~まじリア充♪」ぶっこいてるバカは一生ひとりで砂にまみれて踊ってろ。

少なくとも俺はまだまだまだまだまだまだ甘い。
死ぬのが怖いから「死にたい」なんて言わねぇだけだ。生きることが本当は心のどこかでいつも寂しい、辛い、と感じてしまってる愚かなバカ。

でもこの1年で「ちゃんと生きる」ってのに少し近づけた気がする。

とりあえず、さっき言ってたようなクソバカ状態は卒業できたような気がする。

そして、最初の一歩を踏み出すだけじゃまだ勝てないということも強く実感した。

今までの自分のヌルい安全な環境をぶち壊して新しいことに挑戦する。その最初の一歩は莫大なエネルギーを必要とする。

だけど、それを乗りこえてもすぐに敵が押し寄せてくる。

ここで言う「敵」っていうのは、新しい問題や壁、何より孤独。

さらに過去からの誘惑。これも全部殺さなくちゃいけないんだ。
常にエネルギーはキープしなければいけない。

こりゃ当たり前のことだけど、「頭でわかる」のと「実感する」のは全く違う。

俺は実感して、ヌルい過去を出来るだけ全て殺していく決意をした。

今の環境に直接影響しない、もしくは心に悪影響を及ぼすような思い出は記憶で理解はしているけど感情は一切ない。それがたとえどんなに幸せなものであってもな。

もうヌルい過去は一切、愛さない。
その代わり俺の今をちゃんと支えてくれる存在を全身全霊で愛していく。出来るだけ全員ひとり残らず。

ただ、俺に悪影響を及ぼす奴、なんとなく関わる人はそこまでかな。

見返りがあって初めて愛は成立する。
どちらが先かはケースバイケース。

じゃないとただのストーカー、もしくはおせっかい。
ありゃ愛じゃない。

そして見返りはもちろん金銭ってことじゃない。

「無償の愛」って言葉があるけど、それは愛が基本的に無償でないことを証明しているとも言える。きっとよく言われてることだが。

俺は神にはなるつもりだがキリストになりたいわけじゃないので、そんな非合理的なことは絶対にしない。

見返りがないと思った瞬間に愛は冷めるものだと認識している。
俺も今までの人間関係においていつもそうだった。

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